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日本上陸目前日記


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現在地はどこなの?

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2007年12月現在建設中の『上海環球金融中心』
2007年12月3日(月)
出発秒読み段階

 この週で日記を終わりにします。

 はぁ〜、明日の今頃は日本行きの船の上ですよ。
 上海に来て早1週間が過ぎたが、相変わらずの『観光する気ゼロ』モード全開で何もしていない。
 まぁ、上海名物『暴力ぼったくりバー』を観光してきたが、あれは完全に体験モノのアトラクションですからねぇ・・・ 楽しかったか?と問われれば、「楽しかったわけねーだろっ!」と怒鳴り返せる自信があります。

 明日の朝には港に行かなければならないので、実質は今日が上海最終日。
 何かしようかな?と考えたけど、面倒くさいんで何もしないことにしました。
 今日は宿を引っ越した後は、スーパーに食料の買出しに行って来たくらいしかしてません。

 『ロータス』という大きなスーパーに行ったんだけど、何か何処かで見たことがあるマークのスーパーなんだよね。
 よくよく考えてみたら、タイにある『TESCOロータス』とほぼ同じマークでした。 上海のは『TESCO』の文字が入っていないだけの違いだ。
 『ロータス』は、元々はタイ屈指の大財閥であるCPグループが経営していた。 それが、アジア通貨危機でボロボロになりTESCOという英系会社に売却して、タイでは『TESCOロータス』と名前が変わってしまった。
 TESCOって、世界中でスーパーを展開する売上世界第3位の会社だ。 ちなみに、仏系のカルフールは売上世界第2位。 日本にもカルフールが上陸したけど、大赤字で撤退しちゃったらしいね。
 タイではこのTESCOとカルフールが激しい出店競争を繰り広げて仁義なき戦いっており、バンナ・トラッドのTESCOに銃弾が撃ち込まれただとか、ラマ4のTESCOにバズーカが撃ち込まれただとかやってたわけです。 カルフールは随分と軍人の息子とか娘を雇用して、コネを使ったパワー拡大を狙っていたようだけど。

 でも、ここ中国では『ロータス』が生き残ってたんだねぇー。 本国タイではTESCOに売っちゃったけど、中国ではCPグループ単独で展開しているみたい。
 CPグループは創業一家が華僑だから、鬼のように中国に投資している。 5年前の時点で投資資産は40億USドル(約4,400億円)だって。 一企業としては世界最大の中国への投資だそうだ。
 0.01割で良いから、俺に投資しろ!

 中国最後の日記なのに、話題はタイ関連(笑)

 写真は、手前のビルが現時点での上海最高層ビルである『金茂大厦(グランドハイアット)』。
 隣接して建築中なのが、『上海環球金融中心』。 完成すれば地上101階、高さ492mの上海一の高層ビルになる予定だ。
 だが、直ぐ近くに別の高層ビルも建設予定で、まだ企画段階らしいが、118階建ての高さ580mのビルになる可能性もあるという。

 ちなみに、日本一は『横浜ランドマークタワー』(295.8m)だそうだ。 そして、世界一は現在ドバイで建築中の『ブルジ・ドバイ』で、建設中にも関わらず世界一になってしまった。 どうしても“世界一”にこだわりたいらしく、クウェートで高さ1,000mを超える超々高層ビルの建設計画があるのを意識してか、最終的な高さはまだ決まっていないらしい。
 発想がアラブ人だな・・・
 石油が枯渇した時が楽しみ。

 しかし、人類ってなぜ高さにこだわるのだろう?
 旧約聖書によると、バビロニア帝国の王ニムロデは自分の力を誇示するために“天まで届く塔”を造ろうとした。 それが後に『バベルの塔』と呼ばれるもので、現在のイラクのバグダッド近郊にあったそうだ。 奇遇なのか?『ブルジ・ドバイ』は『バベルの塔』から直線距離で1300km程度しか離れていない。
 神の怒りを買った『バベルの塔』は、ニムロデ王の権力の象徴だった。
 アルカイーダにターゲットにされた『ワールドトレードセンター』は、アメリカの世界経済における勝利の象徴だった。
 象徴とは、偶像でもある。 自分の力(権力や金)を目に見える形にして、偶像化しようとする人間の願望・思考回路は、古代バビロニアの時代からあまり変わっていないようだ。

旅の出費
地下鉄: 6元
食費: 64.7元
外食代: 51元
タクシー: 12元
タバコ: 14.5元
生活用品: 1.7元
宿代(1泊分): 30元
合計: 179.9元(約2,790円)

上海を離れる蘇州号
2007年12月4日(火)
船内はすでに日本

 いよいよ出発の日である。

 朝8時に目覚ましをセットしておいたのだが、二度寝して8時半起床。
 フェリーに乗り遅れたら、さすがにシャレにならん!と急いで準備を整える。
 一応、朝食だけはきちんと食べに行ったけど。

 タクシーに乗って、上海国際フェリー・ターミナルへ向かう。
 『蘇州号』に乗り込む客たちがすでに集まっていたが、数がやたらと少ない。 数えていないが、多分40人弱だと思う。 定員272名のフェリーなのに、である。
 内訳は中国人が一番多く、日本人、欧米人の順。 日本人のバックパッカーは、俺以外に1人だけだった。

 入国手続きとは比べものにならないほど呆気なく中国の出国手続きを済ませて、『蘇州号』に乗り込む。
 俺が買ったチケットは、二等室Bという一番安い等級の部屋なのだが、男性用は36人部屋である。
 だが、客は7人・・・ しかも、中国人は1人だけで日本人3人、欧米人3人。 一番金を持っていそうな国籍の人たちが、一番安い部屋に集まってる。
 ちなみに、女性用なんて14人部屋なのにイギリス人バックパッカーただ1人である。

 二等室Bよりも値段が上の二等室Aや、一等室は一部屋の定員が5名なのだが、客を分散させていないので相部屋で5人ぴったり詰め込まれているそうだ。
 二等室Bの方が広々して楽ちん。

 午前11時に出港する。(写真)
 センチな気分になるのかな?と思ったが、意外と普通。 甲板に出て、離れていく上海を眺めながらセンチメンタル気分を盛り上げようと思ったのだが、寒かったから3分でギブアップ。
 別にどーでもいいや・・・

 そこで船内探検をした。
 「もうここから日本なんだ・・・」と思ってしまった。
 昨日の夜、トイレットペーパーが切れていることに気付いて慌ててコンビニに買いに行ったのだが、そんな必要はなかった。 船内のトイレは綺麗だし、各個室に3〜4個のトイレットペーパーが置かれている。 こんなことで日本が近づいたことを実感してる俺って・・・レベル低っ!!
 だって、普通はトイレットペーパーなんて付いてないでしょ? 置いておいたら速攻で誰かが持って行くから、最初っから置いてないし。
 俺もよく宿でパクってたけどさ。

 自動販売機コーナーでは、ビール、日本酒(月桂冠)、タバコも売っている。 全て日本製で、日本円しか使えない。
 タバコの自販機でキャスター・マイルドを久しぶりに見た。 相変わらず思うけど、バニラ・テイストって何? チョコ・バニラ味もあるんか?
 ちなみにお値段は全て1箱200円。
 でも、港の免税店(小さい店が1軒だけ)では、マイルド・セブンが1カートン100元で売られていたから、1箱150円でもっと安かったけどね。

 船内には無料で利用可能な全自動洗濯機まであった。 しかも洗剤付き。
 乾燥機まで付いている。 さらには説明書きが日本語で書かれていて気持ち悪い。
 『からみまセンサー』って、親父が考えたダジャレですか? 口に出して読んでみる。
 「からみまセンサー!」
 ・・・なんだか、恥ずかしい。 母国語だけに余計に恥ずかしい。

 食堂のメニューを見ると、天丼やカツ丼が500円。
 思ったより安いな。 っていうか、すっげー安い?
 夕食に、親子丼とビール(アサヒのスーパードライ)を飲んだら、880円を請求された。 まぁ、普通じゃね? でも、「円を持ってないから人民元で払う」と言うと、62元を請求された。
 高っ!! 飯に62元って、やばいな・・・
 上海の吉野家の牛丼だって、1杯21元だぜ。
 牛肉面なんて大盛りで1杯5元だぜ。

 ちなみに、880円をジンバブエ・ドルに換算すると、184万ドルくらいである。 誰も『蘇州号』に乗って、「親子丼とビールで184万ジンバブエ・ドルかよっ!」などと計算する馬鹿はいないとは思うが、念のため書いておく。

 船内探検をしていた時は楽しかったが、何もすることがなくなると暇だ。
 時計を見ると、出港してから4時間しか経っていない。 飛行機だったらとっくに成田に着いて、京成スカイライナーで東京に出て来ている頃だ。
 船内鬼ごっこ大会を開催しても良いが、鬼ごっこ中に死人が出る可能性もあるほど日本人の平均年齢が高い。 俺に一番年が近い年上の人なんて、64才である。

 仕方がない・・・USBコントローラを取り出して、22才の初海外旅行バックパッカー君と、俺のパソコンでスーパーファミコンをする。

 夜の10時、船内放送があった。
 「時計を1時間早めて、日本時間に直して下さい」
 どうやら、日本の海域に入ったようだ・・・

旅の出費
外食代: 69元
タクシー: 11元
港使用税: 22元
合計: 102元(約1,580円)

日本が見えてきた
2007年12月5日(水)
瀬戸内海

 グロッキーになる人が続出!
 昨日の夜から船の揺れが激しく、船酔いでグロッキーになっている人が多い。
 歩き回る時に千鳥足になってしまうが、酒で酔っ払っているせいではない。

 俺は全然大丈夫。 これくらいで酔っているようでは、紅海を木造貨物船で横断出来ませんよ。 グリングリン揺れて、波が船内まで入ってきてたもんな、あのボロボロ船・・・

 フッと何気なく外を眺めたら、陸が見えていた。
 日本だ!!
 船内の航路図には、上海を出て九州と種子島の間を通り、四国の南を通って大阪に行くルートが描かれていたが、実は違うらしい。
 おいっ、トップページの地図に線を入れちゃったじゃねーか!
 本当は、上海を出て北上して対馬海流を通り、関門海峡を通って瀬戸内海に入り、四国を右手に見ながら大阪に行く航路だそうだ。
 ということは、俺が見ているのは九州だ。 聞いてみると、五島列島の脇を通っているそうだ。
 すげー、ジャパンだ・・・
 ジャパン、小島だらけじゃねーか!

 夕方頃から、両脇に陸地が見えるようになった。
 しかも、かなり近い。 左が本州、右が九州だ。 九州側は北九州市だろう。 海沿いを走る車が見えるほど近い。 本州側は下関だ。 海沿いに、ライトアップの趣味が悪い、てっぺんに玉を載せたタワーが建っていたが、何だあれ?
 18時半に、関門橋を通過。
 正直ねぇ、ちょっと期待してたのよ、関門橋に。 が、何この地味さ! 暗っ!

 船で来たら、日本で最初に見る大物なのに、がっかりした。

 しっかし、船旅は長い・・・
 いい加減に飽きてきた。 船内にゲーセンとかあればいいのに。 一応あるにはあるが、スロットが4台と、面白くなさそうなゲームが1台あるだけ。
 仕方がない・・・酒に走るか。
 酒とタバコは船内は免税価格だから、飲みダメしておこないと。

旅の出費
外食代: 20元
タバコ: 200円
ビール: 450円

合計: 200円+20元(約510円)

大阪・中央線
2007年12月6日(木)
日本到着

 ただいま。
 帰ってきちゃいました。

 午前9時前に、船は大阪の国際フェリー・ターミナルに到着した。 知らない間に、ロビーのテレビで日本の番組を流していた。
 窓の外を眺めると、そこには大阪があった。
 港湾なので、町の中心地までは見えず、「あれ、大阪ってこの程度の町だっけ?」と思ってしまった。 特に上海から来た性かも知れない。

 今回の船は、大阪港関係者も驚くほど乗客数が少なかったおかげで、下船や入国手続きが非常にスムーズに済んだ。
 入国手続きも至って簡単だった。 パスポートをパラパラと見ながら「どこを旅行して来たんですか?」と聞かれた以外は、荷物のチェックすらされず。
 やっぱり俺の人柄ですかねぇー。
 善人顔が安心感を醸し出しているっていうか。

 実は、船の中で『船から降りて、日本の地に第一歩を踏み込んだ時にどんな感情を抱くのかな?』と考えていた。
 その第一歩から、10年ぶりの日本での生活が始まることが現実的になるわけだから、希望や不安や懐かしさが入り混じった複雑な心境にでもなるだろうか? 不安の方が強いのかな? いや、懐かしさの方が強いのかな? などと色々と考えていた。

 で、実際に船を降りました。
 ・・・な〜んにも感じなかった。 普通。 全くの普通。
 いつもの国境を越えた時と何ら変わらない。
 新たな国に入ったら、若干の好奇心から周りの風景を「ヘーっ」と観察する。 その“いつも”と同じだった。 今日は、バスの車内や電車の車内が日本っぽいなと感じて写真を撮ってみた。(写真)
 でも、何を見ても「おぉー、懐かしい!!」などという感情は湧かなかった。 かと言って、目新しさを感じたわけでもない。
 とにかく、“普通”だったのだ。 説明が難しいが、『なぜか日本語が通じちゃう外国』のような感じだ。 だから懐かしさすら感じないのかも。

 大阪で待ち合わせをしていたのだが、相手の仕事の関係で夕方まで1人で難波をプラプラした。
 プラプラするといっても、特に何かやりたいことがあるわけでもなく、食べたいものもない。 日本に帰ってくる前は、「帰ったらあれを食べよう」とか色々考えていたのだが、実際に帰ってきたらどーでも良くなって、結局は帰国後最初の食事にらーめんを選んだ。
 280円也。
 中国であんなに牛肉面を食ってきたのに・・・

 やりたいことも大してないことに気付き、マンガ喫茶とやらに行ってみた。 システムが分からず、色々を説明を受けるが、店員が日本語を話すから分かりやすいね! ロシア語しか通じないマンガ喫茶だったら大変でしたよ。
 漫画を読み出したら止まらなくなっちゃって、結局4時間以上もいちゃいました・・・

 港からバックパックだけ実家に送ってしまったので、マンガ喫茶に行った時の俺の格好は、パソコン用バッグにボストンバッグの『小旅行モード』。
 これって、ネット難民っぽいんじゃないっすか?

 日本に帰ってきて一番最初にしたこと。
 らーめん食って、マンガ喫茶に行ったこと。
 ・・・いいんでしょうか、こんなんで?

 もしかしたら、日本帰国後1週間が経ったら『日本に帰国してどう感じたか?』を書けるかも知れない。
 そんなわけで、1週間くらいしてから“日本帰国”について書いてみようと思います。





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