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何かですね、古代ギリシアに文明人と野蛮人の区別があり、近代以前の中華世界では華夷の区別があり、現代の東京でも西武線沿線の住民は東武線のそれに対して優越感を持ち....といった感じで、自分の属する社会を序列化して、その中で見下せる相手がいないと落ち着かないのは多分人間の性であって、いかに文明が進歩しても変わらないんじゃないかと思うわけです。
で、その際、序列化の基準となるのは結局金と力と物を持っている集団なのであって、近代に於いてのそれは欧米=白人世界でしょう。
「米国は違う!人種の坩堝で多文化社会だ!」みたいなことを言う人もあるかもしれませんが、いかに著名人の間に非白人がちらほら居たとしても、社会の主導権を握っているのがWASPである事は、誰にも否定できないと思います。
そういう大きな枠の中で、世界各地では、どちらが欧米に近いかを巡ってどうでもいい団栗の背比べが繰り広げられているわけです。
そして我らが同胞たちは、脳内白人もしくは「偽アメリカ人」として、優越感を以て漢民族や東南アジア人に接している、という...。
こういう状況は、我々の目の黒い内は変わらんでしょう。
いかにこの先中国が覇権国になったとしても、所詮は近代文明の範囲内での大国であって、そうした「大枠」を打ち破るには至らないと思いますね。かつての日本のように。
気功でステルスが撃墜できる、とかなれば話は別ですが。 |