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無職男の徒然日記14


Free Tibetを叫ぶ人、Free Uyghurを叫ばない人
 なんだかチベットが騒がしいようですな・・・
 ここまでチベットが世界に注目してもらえるのは、チベット仏教というエキゾチックさとインド仏教直系の正統性、論争能力を持った哲学チックな部分を兼ね備えていることと、ダライ・ラマというカリスマ僧のおかげでしょうけど。

 これらがなかったら、いくらチベットと言えど世界は見て見ぬフリをしていたことでしょう。 そもそもヒマラヤ山脈の山奥での出来事に、どこまで興味を示す人がいるんでしょ?

 ちなみに、中国で主な独立運動が行なわれているのはチベットと新疆ウイグルの2ヶ所。
 チベットだったら世界で騒がれるのに、新彊ウイグルはなぜ注目度が低いんでしょう?
 西洋人が『Free Uyghur』と書いたTシャツを着て、中国大使館に投石しているデモ隊の画を見たことがないんですけど、俺。
 旅行者が『Free Tibet』を叫べば知的な人間に錯覚してもらえるのに、なぜ『Free Uyghur』と叫べば物好きにしか映らないのでしょう?
 チベットで武装公安がデモを武力鎮圧したら「オリンピックをボイコットだっ!」って声が上がったけど、それがウイグルだったとしてもオリンピックをボイコットって話になったのかな?
 チベット問題でリチャード・ギアが動いたけど、ウイグル問題では動かない。 だってリチャード・ギアはウイグルに興味ないもん(多分)。
 チベットもウイグルも、人民解放軍が侵略・併合して中国同化政策を取っている点では一緒なのにね。

 漢民族がチベット族とウイグル族を差別しているように、抑圧を指摘して騒ぐ人たちもチベット族とウイグル族では差別してるってことでしょうね。
 結局のところ、皆が興味あるのは『抑圧されるチベット』であって、『中国の人権侵害』でも『抑圧されるウイグル』でもない。 そうじゃなきゃ、チベットとウイグルの関心度の格差は説明にならない。
 つまりは『Free Tibet』だけを叫んでいる人は、ミーハーなだけで、人権そのものに興味があるわけじゃない。

 チベット亡命政府のダライ・ラマは超有名だけど、世界ウイグル会議のラビア・カーディル議長は超無名。
 誰だよ、そのおばちゃん?

 やっぱウイグル族も集団で仏教に転向したら、もっと世界が気にしてくれるのかも・・・
 アメリカの対テロ戦争って、言ってみれば対イスラム教みたいな側面があるけど、中国も上手にそれに乗っかったからね。
 ウイグルで弾圧しても、「対テロ戦争の一環」と言えば世界中は納得。 中国政府は「ウイグル独立運動の背後にはアル・カイーダが関与している」とか発表すれば大抵の人は信じるし。
 関与してるわけねーじゃん。
 でも、世間一般では「アル・カイーダが関与してるんだったら、武力弾圧もしようがねぇー」みたいな雰囲気になって騒がれない。
 チベットの場合、『対テロ戦争』という名目が使えないから騒がれてるだけであって、実質はチベットもウイグルも一緒なのに。

 あとは・・・ウイグル族もラグマン(ウイグル風らーめん)をこねてないで、チベット仏教を見習って五体投地をしながらタクラマカン砂漠を一周とかしたら白人も「Oh〜、エキゾチッ〜ク!」とか言ってリチャード・ギアみたいのが擁護してくれるって。
 チベット並みに興味を持ってもらいたかったら、それなりのイメージ戦略とブランド力を付けないとな。
 電通と契約して『Free Uyghur』の広告宣伝をしてもらうといいかも。
 良い例が、ボスニア紛争。 ボスニア・ヘルツェゴビナ政府は、アメリカの大手広告代理店と契約して、世界にボスニアが被害者、セルビアが加害者という構図を埋め込むことに成功。
 国際世論が「セルビアは悪者だー!」とまんまと引っ掛かり、その後のNATO軍によるセルビア爆撃に繋がる。
 作為的に作り出した被害者・加害者なのに。

 仏教とイスラム教の違い、カリスマがいるかいないか、これだけでブランド力が全然違うんですね。

 つい数日前、新彊ウイグル自治区の和田(ホータン)でM7.3の大地震があって、4万人が被災したそうです。
 和田ってタクラマカン砂漠の南に位置して、ウイグル族のジジイと握手する毛沢東の銅像がある程度の町なんだけど、俺が5泊もした場所。
 チベットの陰に隠れてニュースにもならない〜




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