
日本帰国後日記(2/3)
| 海外生活10年のまとめ |
俺の10年の海外生活を大きく分けたら、5部で構成されていた。
@東南アジア+オーストラリア旅行
Aタイ生活
B南アフリカ生活
C四駆で回った南部アフリカ旅行
D日本までの帰国旅行
一番最初は、『世界一周』するつもりで日本を出た@である。
“つもり”だったが、タクシーを使いまくって旅行していたらアッと言う間に金がなくなってしまった。
このまま日本に帰るのも格好悪い。 何とか帰らずに済む方法は?と考えて、タイで働くことにしたのがAである。
最初は貧乏だった。 栄養失調で入院したこともある。 まさか、その2年後に会社を設立して、高級車に乗ることになるとは想像すらしていなかった。
だが、3年後に共同経営者との経営方針の違いが顕著になってきたことを機に、全てをリセットしてタイでの生活に終止符を打つことにした。
とりあえず自分のスキル・アップが必要と考え、中国に留学して中国語を勉強しようと思ったが、「中国語の前に英語くらいは話せた方が良いのではないか?」と考え直し、英語留学することにした。
留学先の候補地は、最終的にマルタと南アフリカの二国に絞り込み、色々と迷った末に、南アフリカを選びBがスタート。
レンタカーを借りてナミビアに遊びに行ったことがきっかけになり、車で旅行してみたくなった。 そこで中古の四駆を買って始めたのがCである。
旅行中に、準備に1週間しか掛けなかった“準備不足”を痛感し、『四駆でアフリカ再挑戦』のために次回は“気合を入れて準備”することを決意。 なぜか、『その準備=日本に帰国』という結論に達したので、日本に本帰国することにした。
当初は、南アフリカからドイツまで旅行しながら行くつもりで始めたのが、Dである。 結果的には、南アフリカから日本まで陸・海路で帰ってきてしまった。
振り返ってみれば、アッと言う間の10年であった。
だが、必死になって10年間を駆け抜けてきたわけではない。 流れに任せて過ごしてきたつもりだったが、結果的には全て満足できる10年間を過ごせた。
自分で言うのも何だが、その時々に選んだ選択が全て良かったと思う。
?大学進学を選んでいたら?
?タイで就職を決めた時に、別な会社を決めていたら?
?タイで生活を続けていたら?
?英語留学先にマルタを選んでいたら?
あの時、別な選択をしたら、全く違う人生を送っていたかと思うと、不思議な感じがする。
多分・・・多分だが、その時々で別な選択をしていても、それなりに満足できる内容の人生を送ったのではないか?とは思うが、全くイメージが湧かない。
?大学進学を選んでいたら?
大学へ進学せずに、世界一周をしようと決めたのは、その時にやりたいことがなかったからだ。 世の中が『学歴社会』であることは理解していたが、将来に対する明確なビジョンがない状態で、大学で何を学んだらよいのか?など決められなかった。
こんな状態でダラダラと大学に行っても、4年間という貴重な時間が無駄になると思ったので、大学には行かないことにした。
『行かなくても良かった』という話は、行った人が言うことであって、俺がどうこういう話ではないとは思うが、少なくとも選択した結果に後悔はしたことがない。
今も思っているが、何か学びたくなった時に大学に行けばいい。
?タイで就職を決めた時に、別な会社を決めていたら?
タイでお金が無くなった時に、「働こう」と思った。
ところが、学歴はない、職歴はない、語学力はない(英語もタイ語も話せなかった)と、『ないない』尽くしの俺に仕事などなかった。
大抵は求人条件に、「要タイ語」とか「要英語」と書かれていたのだ。 当たり前だけどな。
だが、1社だけ条件の部分に「経験不問」だけで、語学のことは何も書いていなかった。
他に選択肢などない。
早速、その会社に連絡してバンコク市内で面接を受けた。 その時、俺以外にもう1人、同い年の日本人男性も面接に来ていた。
2人で面接を受けると、仕事は『営業』、給料は『月1万バーツ』(当時のレートで約2.6万円〜3万円)とのこと。
面接が終わって社長が帰っていった後、一緒に面接を受けた人が「月1万バーツかぁー・・・」と言った。 「俺、この会社の前に旅行代理店に面接に行って来たんだけど、そこは月1万2千バーツ(約3.1万〜3.6万円)だった」と言うではないか。
1万バーツよりは、1万2千バーツの方が良いに決まっている。 「そっちの方がいいねぇ」と俺も同意し、その場でその旅行代理店に電話してもらい、面接の約束を取り付けた。
今思うと、とんでもなくレベルの低い次元の話だが、その頃は必死だったんです(笑)
だが、旅行代理店面接の日、俺はわざわざ出掛けていくのが面倒臭くなり、ブッチしてしまった・・・
その頃の俺には大きな金額差だったはずなのに、俺の面倒臭がり病が発病してしまった朝だった。
結局、月1万バーツ(約2.6万〜3万円)で営業の仕事をすることになった。 一緒に面接を受けた人は、旅行代理店に行ったようだった。
俺が働くことになった会社は、日系大手リーシング会社のタイ現地法人の社長だった日本人が、日本への帰国命令が出たのを機に辞職して、自分でタイで起業した会社だった。
非常に従業員を『管理』したがる社長で、その上ケチだった。
なんだかんだで、その頃の俺の月給は8千バーツ(約2万〜2.4万円)だった記憶がある。 もちろん労働許可証は取ってもらえず、不法労働だ。
日本より物価の安いタイだったら、その金額でも生きていけるんじゃないか?と思うかも知れないが、結果的に俺は『栄養失調』で入院した(笑) この時代に栄養失調って!
栄養失調と言っても、お腹がパンパンに腫れてきて「夢がいっぱい詰まってるのかな?」状態になったわけではなく、喉に大きな出来物が出来てしまい、唾すら飲み込めなくなるほど痛くなったのだ。
唾すら飲めないほどだから、食べ物など食べられるわけがなく、水も飲めない。 すると余計に栄養が取れなくなり・・・という悪循環で、入院して点滴で栄養補給を受けた。
数字を上げても全く給料に反映されず、貧乏だった。
その会社には、俺の他にもう1人日本人営業がいた。 彼は、元都市銀行の営業マンだった男である。 その都市銀行は、日本で唯一「都市銀行なのに」倒産した銀行である。
その彼に営業のイロハを教えてもらったのだが、彼の月給は3万バーツ(約7.8万〜9万円)だった。
彼には色々とお世話になった。 日本食レストランに連れて行ってもらって奢ってもらったり、月に1度はソープランドも奢ってもらったりした記憶がある。
彼が社長と交渉して、歩合制が導入された。 利益(売上−原価)の数%をコミッションとして支払われることになったわけだが、社長は原価が幾らなのか?は隠している。 そこで社長は、売上高を打ち込むと自動的にコミッション額が算出される計算式が入ったエクセル表を作成した。 原価が記載されている部分は暗号化して見えないようにして。
ところが、元銀行マンの彼が暗号を破ってしまったのだ(笑) それを見ると、「コミッションは利益の何%」という合意があったにも関わらず、小細工されておりコミッションが低くなるように設定されていた。
おいおい!
次に元銀行マンの彼が考え出したのは、独立採算制である。 俺と2人で、タイ人の営業アシスタント1人を入れて、『Japanese Sales Department』を新設した。 営業経費も含めて自分達で管理して、利益の中から社長と合意したパーセンテージのコミッションを還元してもらうシステムを構築したのだが、それも上手くいかなかった。
従業員に利益を還元したくない経営者とのギャップが大きかったのだ。
結局、彼に引きずられる形で揃って会社を辞めることになった。
彼は自分で、ある旅行代理店のカンボジア支店長の仕事を見付けていた。 その上、俺のことも面倒を見てくれた。
競合他社である台湾系会社に行って、「こいつを雇ってやって下さい」と頭を下げてくれたのだ。
変な話だが、この台湾人の会社というのは日系の某メーカーのタイにおける正規代理店だった。 某メーカーの海外事業部を通して、正規ルートで製品を輸入していた。
ところが、俺が働いていた日本人社長の会社は、同じ某メーカーの製品を闇ルートで輸入して販売していた。
競合他社と言っても、『並行輸入』などというもっともらしい文句で正規ルートを通さずに仕入れていた怪しい会社から、正規ルートで仕入れているきちんとした会社に移動したわけである。
まず、基本給が飛躍的に上がった。 労働許可証も取ってもらった。 自分専用の営業車を新車で買い与えてもらい、待遇も飛躍的に向上した。 歩合もシンプルで分かりやすくなり、高率になった。
ちなみに、それまで使っていた営業車はトラックだった。 それが普通車になり、家に乗って帰ってプライベートで使ってもOKになり、その場合のガソリン代も全て会社負担になった。
移動してから2年後、俺は279万バーツ(当時の為替で837万円)のBMWを買った。
同じ年、台湾人の社長と50%ずつ出資して会社を設立した。
全てタイで稼いだお金で、である。
俺のために頭を下げてくれた元銀行マンは、その後カンボジアに渡った。 その後、一切彼から連絡はないので消息不明だが、風の噂によると、カンボジア支店は当初の話と全然違う実態だったようで、運転資金も貧弱で、最後の方は会社の運転資金を自分のお金を切り崩しながらやりくりしていたらしい。 結局、日本の本社が倒産し、カンボジア支店も閉鎖。 会社の運転資金に充てていた自分のお金も返ってくることはなかったようだ。
その後、タイに戻って来ているという噂は耳にしたが、俺の前に姿を現すことは二度となかった。
人生って本当に分からないものである。
そもそも、一番最初に俺が旅行代理店の面接に行ったらどうなっていただろう?
月給1万バーツと1万2千バーツという、2千バーツの差で旅行代理店を選んでいたことは確実だ。
だが、台湾系会社を知ることもなかっただろうし、働くこともなかっただろう。 きっと2年後も1万2千バーツで貧乏な生活をしていたと思う。
貧乏だった時の体験も含めて、今考えると良い経験になった。
日本人と台湾人の経営スタイルの違いを間近で見て比較できたことは大きい。 従業員の掌握力(最初の会社は1年間の離職率が50%を超え、台湾系の会社は1〜2%だった)の違い、利益追求に対するスタンスの違いなど、俺が経営者となった時に役立つ比較が出来た。
?タイで生活を続けていたら?
栄養失調から一転、タイでプチ・バブル生活を送っていた俺(笑)
収入は貯めないで遊びでほぼ使い切ってました。 今にして思えば、あの時にきちんと貯金していれば『日本への帰国旅行』ではリッチな旅が出来た &
さらに長い旅が可能だったけど、済んだことを後からグダグダ言っても遅い。
それに、20代前半は遊びたい盛り全盛期。 おっさん的意見で言えば、『若気の至り』を存分に堪能できたので良い想い出。
友達と一緒に遊んでた時、“壊れて”しまい、一晩で飲み代だけで10万バーツ(約30万円)使ったこともあった・・・
あの頃は毎晩飲み歩いてたしなぁー。
タイ生活の後半は、エカマイにあった『Piano』から始まり、ワイヤレスの『Pent House』、ラチャダーの『The Resort』など、高級メンバーズクラブを遊び歩いてました。
さて、仕事の方は?というと、数字的には絶好調だったのだが、設立した会社の経営に関しての共同経営者との意見の食い違いが顕著になってきた。
細かい点での食い違いは、話し合いで折り合いを付ければ良いと思うし、色々な可能性を探る上でも意見は食い違った方が良いと思うが、根本的な考え方が違う場合は難しい。
会社の規模が小さい時は、何だかんだ言いながらも経営していくことも可能だろうが、規模が大きくなってから問題が表面化することは顧客や従業員を含めて色々な人に迷惑を掛ける。
ある事がきっかけになったというのもあるが、会社を解散させることにした。 設立後2年で黒字転換したし、売上は毎年倍増していたが、解散の時期としては早い方が良いだろうと結論付けた。 まぁ、主観的意見で「なぜ解散という結論に達したのか?」を書きたいのだが、長くなるし、面白くもない内容になるから割愛する。
顧客、在庫、代理店業務などの引継ぎをしてくれる会社もあり、顧客へのアフターサービスに関してもきちんと引き継いでもらえることになった。
2004年夏、会社を解散させることになった。
しかも、会社を解散させたついでに従業員として働いていた会社も辞職することにした。
説明すると、俺は“二束のわらじ”で働いていた。 収入は全て営業(従業員)で得ており、経営していた会社は無給でやっていた。
だけど、無給である会社を解散させることになった時、高収入を得ていた「もう一つの会社も辞めよう」と即決した。
「即決した」と書いたけど、正直に言えば一日迷った。
何を迷っていたか?と言うと・・・
●『やっぱ、今の生活を捨てるのは勿体無いんじゃね? BMWのホイールもインチアップしたばっかりだし・・・ “二日酔い”という理由で休める素敵な会社だし、自由で高収入は捨て難い・・・』
●『営業での基本給は1年目も10年目も変わらない(これ、本当)。 役職手当が付くこともない、経営陣に入れることもない(オーナー一族の人間じゃないから)。 今まで全てインセンティブで毎年前年度を上回る年収を稼いできたが、いずれ限度がある。 だから社長が俺の将来的な収入源と考えて新会社設立を提案してきたのに、それを解散させるということは・・・将来的な収入の増加が大幅に見込めなくなったに等しい。 ちゅーことは、働き続けても意味ないんじぇね?』
1日迷って、結局何で辞めることにしたか?と言うと・・・
“現状”に満足してしまう自分が怖かった。 「安定が嫌い」と日頃から公言している俺だが、安定志向というのは非常に魅力的で居心地が良いのである。 捨て難いよなー・・・
もちろん、現状維持を続けながら別な形で将来に繋がる道を見付ける手もあったかも知れない。
でも、「自分にとっては良い転換期なのかな?」と思ったの。
とりあえず全てをリセットすることで、自分の慢心にも良い薬になるし、別な道をゼロから創造することで自分の持っている能力を再確認したかった。
もしあの時、タイ生活の全てをリセットしていなかったら、ほぼ100%の確率で現在に至るまでタイに住んでいたと思う。
当時はコンドミニアムを買う気満々だったので、まず間違いなくスクムビットにコンドミニアムを買って永住態勢を整えていた可能性が大だ。 タイミングだったけど、もし既に不動産を買ってしまっていたらリセットの選択肢はなかっただろうな。
危ねぇー!!
タイ生活を続けていた方が正解だったのか?
リセットして正解だったのか?
何を価値基準にするかで判断は分かれるところだけど、まだ3年しか経ってないから何とも言えんな。 俺としては、四駆でアフリカの大地を走ることの面白さを知ってしまっただけでも、リセットした価値はあると思ってるんだけど・・・
経済的・社会的には不正解だけど。
そもそも、リセットしていなかったら南アフリカに行くこともなかっただろうし、何十カ国を旅行することもなかっただろうね。
さらには、南アフリカに引っ越すことにならなければこのホームページを作ることもなかったわけだから、このサイトを作って以降に知り合った人と出会うこともなかったわけです。
出会いって、まさしく運命ですねぇー。
?英語留学先にマルタを選んでいたら?
中国語留学しようと思っていたのに、英語留学に切り替えた理由だが・・・中国語を勉強する時に使われる言語が英語だったら困るから、というしょーもない理由だ。
例えば、スペイン語を勉強したくなっても、外国にあるスペイン語学校で“日本語で授業を受けられる”スペイン語学校は少ないでしょう? 普通は英語で授業を受けられる学校がほとんどなわけだから、とりあえず英語を勉強しておいた方が潰しが利くかな?と思って。
基本的に何事も深くは考えないからさ、俺。
「中国語!」って思い立ったのも適当だし、「やっぱ英語にしよ!」と考え直したのも適当だったわけ。
さて、『英語留学』と言っても選択肢は沢山ある。
アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドなどがメジャーどころだろう。
まずアメリカ・・・嫌いっていうか、興味ないんだよねぇー。 だって日本に原爆を落とした国でしょ?
カナダ・・・何があるのか、よく分からん。 あまり興味ない。
イギリス・・・ポンドが最強の様相で、物価が怖ぇー!!
オーストラリア・・・日本人のワーホリ組が多そう・・・
ニュージーランド・・・同上
自分の性格上、日本人が多いところで英語留学は有り得ん! だって、絶対日本語で話すでしょー。
その点は俺も絶対的自信がある。
そんな中、「We must speak English!!」とか言って日本人同士なのに英語で話そうとする学生とかいたら、マジでひくし。
「真面目ちゃん?!」みたいな。
「異国かぶれめっ!!」みたいな。
じゃぁ、日本人が少なそうなマニアックな国を選ぼう。
インド、フィリピン、シンガポールなども英語留学できる。
・・・今更、英語留学でアジアっ?! アジア飽きた!
しかも、インド留学してみ? すっげーインド訛りの英語になりそうで格好悪い。 『カレー』の発音にはこだわります!みたいな。
インドに英語留学は韓国人に人気みたいだけど、アジアにいるのにアジア人だらけで勉強する意義が分からん。
フィリピンもなぁー、人種的にタイとあんまり変わらないじゃない? タイ生活に区切りをつけて外に出ようとしてるのに、次ぎに行くところがフィリピンっ! どんだけアジア好きよ?!
シンガポールも一緒。 今更、アジアに固執する理由がない。
そうなると、残るは地中海に浮かぶマルタ共和国と、アフリカ大陸の最南端・アパルトヘイトで有名だった南アフリカ共和国しかねー!!
どっちが“よりマニアックか?”考えた。 以下は、俺の脳内比較なので、一般的にはどうなのか?は知らん。
「マルタは知る人ぞ知るリゾート地だ。 ヨーロッパのリゾート地ということは、トップレスの北欧美女がうじゃうじゃ来て、バーで知り合ってグラスを交えながら話している内に意気投合しちゃって、むふっ!」
「『南アフリカ』でググってみよう。 なになに?・・・世界一治安の悪い街ヨハネスブルグ?・・・最近は治安が回復してきて、一日に殺害される被害者の数は54.3人まで減少?・・・レイプ件数は世界最悪?・・・カージャックは毎日38台?・・・歩けないくらい危険?? 超危ねぇーじゃん!!」
くそー・・・明らかに南アフリカの方がダークなイメージじゃねーか!
ダークなイメージ=マニアックと考えると、南アフリカの方がマニアックさでは勝っている。
仕方ないから、南アフリカに決めた。
冗談抜きにして、本当にこんな理由で決めた。
今考えると、一切『英語留学する上ではどうか?』というフィルターを通していないという事実に愕然とする。
俺が「怖ぇ〜!」と思うような国である。 まさか日本人留学生なんて来ないだろう?と読んでの留学であったが、意外と日本人女子大生が短期留学しに来たりと、日本人はいた。
「わざわざ南アに来るなんて・・・変態ですか?!」と、質問してみたかったが、その人にはその人なりの事情があったのだろう。
だが、日本人留学生も学校に平均2〜3人と少なく、ほとんどは外人。 英語で話さないと生活していけない環境で、嫌でも英語を話していたから、勉強するには良い環境であった。
そもそも、三人称単数の意味が分からなかったほど英語は全く理解出来なかった。 中学生の時も、「俺、日本人だから・・・」という理由で、英語の授業は一切聞いていなかったから、『have』と『has』の違いすら知らなかったほどである。
それが、南アフリカの免許センターで英語の実技試験と筆記試験を受けて一発合格してしまうほど上達してしまった。
やっぱ、勉学に勤勉でない人にとって一番良いのは『環境』ですよ、『環境』。 しゃべらないと生活出来なかったら、嫌でも覚えるからね。
マルタに留学していたとしても、多分環境的には英語は上達していただろう。
でも、四駆を買って旅行してみよう!と思い立つことはなかっただろうな。 多分、「ヨーロッパで暮らしてみよう」と、何らかのアクションを起こしていた可能性はあるが、いまいちイメージが出来ない。
だが、間違いなく日本に帰ってくる気にはなっていなかったはずだ。
どっちが良かったのか?比較は出来ないけど、南アフリカ生活も面白かったよ。
語学留学を考えている人にはおススメするけど。
このように、その時々の選択の結果が、今の俺であり、また過去を形作ってきたわけ。
『過去』に関してあれこれ言うのは、「教訓として生かす」という面で考えれば大いにプラスになれど、「あ〜、こうしておけば良かった」などという『もしも』の話は無価値なので、“振り返り方”が難しい。
そこで、『10年間の海外生活で学んだこと』として過去を振り返ってみます。
そんな奴がいるかは知らんけど、「これから海外に飛び出してやるんだいっ!」と海外進出を目指している人にとっても消費税分くらいは役に立つと思います。
海外に行く前に思っていたのは、「海外に出ることで自分の視野を広げ、それによって人間的にも成長する!」という点。
これ、半分は合っているけど、半分は間違いだと思う。
まず、視野は広がると同時に狭まる危険性も含んでいる。 矛盾しているようだけど、実は矛盾してないんです。
海外に出て色々なことを見聞き&体験すると、日本でテレビしか見てない人より経験値という面での視野は広がっているんだけど、今度は自分が見聞き&体験したことしか信じないようになって結局は視野が狭くなる。
こういう人、意外と多いです。
結局は、主観のブレを認識して情報を処理出来る人間、何事にも多次元の原因があることを理解している人間であれば、海外経験が長かろうが無かろうが関係ないんだよね。
例えば・・・「俺はタイ人と働いてみて分かったことがある。 タイ人は働かん!」と言う、赴任間もない日本人駐在員。
タイ人と働いたことがない人よりは、説得力がある。 だって、実際に働いたことがあるわけだから。
さらには、この人は「タイ人が働かない」原因をこう分析するかも知れない。 「亜熱帯の国の国民は、働かなくても食っていける。 鼻糞をほじくっているだけでマンゴーやパパイヤは勝手に生るから、お腹が空いたらそれを取って食えばいいだけ。 だから元々働き者ではない」と。
そう言われると、ごもっともな感じがする。
でも別の意見は・・・「タイ人もエサ(金)をぶら下げれば良く働く」。
理由は、「タイには日本の国民年金・厚生年金のような年金制度がない。 だから、人によっては働ける内に金を稼ぎたいと思っているかも知れないし、人によっては子供に自分の老後の面倒を見てもらいたいと思っているかも知れない。 後者の場合、親の面倒を見ている子供は、自分だけでなく親の分まで稼がなくてはならない。」
さぁ、どちらが正しいのでしょう? その人が接したタイ人にもよるだろうけど、結局はその人というフィルターを通したタイ人観であって、どちらの意見も客観的な全体像としては不完全だったりする。
自分が見聞き&体験したことだけで世界を形成している人間は、他人の意見には耳を貸さない。
色々なことを見聞き&体験しているほど、「俺は何でも知ってるんだじぇ!」というプライドが邪魔するのか?特にその傾向が強い。
そういう人は結局、主観のブレを認識出来ていないとか、何事も一面だけで捉えてるんだよね。
結局は、色々な経験をしている人が「こうだ!」と言ったら、その人よりも経験値で劣っている人が「へー、何でも知ってるんですね!」と鵜呑みにするから調子に乗ってるだけ。
そんなわけで、『経験値が高い=視野が広い=人間的にも出来た人』という方程式は成り立ちません。
秋田の山奥でしか生活したことがない百姓でも、世界を飛び回って色々な経験をしている人よりも視野が広い場合もあるだろうし、人間的にも完成されている場合もあるってこと。
ちょっと細かい意見を書くと・・・
日本にいて見聞きする海外は、全て何かしらの媒体を通した情報であって、そこに媒体の主観が少しでも入ることで良し悪し・多少を問わず事実は歪曲される。 では、どの情報に媒体の主観が入っていて、どの情報が『事実だけ』なのか?、受け手側にそれを見極める力がなかったら鵜呑みにするしかない。
テレビにしてもしかり、ネットにしてもしかり、そもそもの情報源が限られている場合、その情報の純度を見極めるのは難しい。
海外に行って自分で見聞きした場合、媒体を通していない分、強烈な印象を受ける。 でも、その経験も『自分』というフィルターを通して見たものであることに気が付かないと、まるで客観論であるかのように自分の主観論を展開してしまう。
俺の個人的な意見で言えば、海外で色々な経験をすることで物事の本質を見る“見極め力”が培えれば、「人間的に成長できた」と言ってもいいんじゃね?
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