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ナミビア旅行日記

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2005年5月15日(日)
自爆事故

 朝10時にルードリッツの町を出る。
 オースまでのB4号線は舗装道路だが、オースから走る道路は未舗装道路だ。

 オースからヘルメリングハウゼン(Helmeringhausen)まではC13号線。 相変わらず果てしなく続く道路をひた走る。

 ヘルメリングハウゼンで、昼食を取り、ガソリンを補充する。
 ここからはC14号線で、マルタホーへ(Maltahohe)、ブルスポート(Bullsport)を経由して、ナミブ砂漠の入り口セスリエム(Sesriem)に向かう。

 マルタホーへを通過したのが、午後3時半。
 ルードリッツから5時間半が経っている。
 それまでもずっと140〜160km/hの速度で走っていたのだが、マルタホーへを通過してしばらく経った時、突然砂にタイヤを取られて車が横滑りになる。
 そのまま道路を外れて、大きな石がゴロゴロ転がっている所に突っ込む。
 そのまま、ものすごい振動と共に6〜7m走って棘の茂みに突っ込んで止まる。
 ようやく止まった車の横をタイヤのホイール・カバーが転がって行った。
 げ! サバンナのど真ん中で事故った!!

 怪我は一切なかったのだが、一番怖かったのがエンジン。
 恐る恐るキーを回すと、2回目でエンジンが掛かった! とりあえず一安心。
 次いで車を降りて、車を見ると意外に無傷。 どこも凹んでいない。 ただ左の前輪のホイールがちょっと凹んで完全にパンクしている。
 とりあえず道路に車を出して、タイヤ交換をしようと車を動かしてみるが、大きな石で車が走らない。 パンクしたタイヤでは無理だ。
 仕方がないので、その場でタイヤ交換をすることにする。 なんか、やたら大きいムカデが歩き回ってるんですけど・・・

 誰かの助けと言っても、今までナミビアを旅行して分かっているが、対向車などほとんどない。
 今日も5時間半走って車とすれ違ったのは4〜5台だ。 携帯は使えない。
 ナミビアのガイドブックで読んだのだが、砂漠やサバンナで車が故障したり、事故って、助けも呼べず熱中病などで死ぬ人が毎年何人かいるそうだ。

 生まれて初めて自分でタイヤ交換をする。 ただ地面が平らでないため、ジャッキを使うのが大変だった。 タイヤ交換をしながらもムカデに注意する。
 ついでに思い出して写真も撮ってみた。 今日の日記用。

 タイヤを交換し終わってからも大変だった。 とにかく大きな石がゴロゴロしているので走れない。 自分で石をどかしながら進んで、ようやく道路に戻った時の安堵感!!
 もちろん事故ってから、道に戻るまで、他の車は1台も通らない。

 今回、ラッキーだったのがパンクが1本だけだったこと。 あんな石がゴロゴロしているところに高速で突っ込んで1本だけだったのはビックリだ。
 スペアタイヤは1本しかないから、2本パンクしていたらサバンナで餓死してた。
 あと、道の脇が崖や巨大岩じゃなかったこともラッキー。 崖や巨大岩だったら、それはそれで死んでたね。 あとはエンジンが無事だったこと。 不幸中の幸いだらけだ。

 それからはスピードを120km/h以下に押さえて走る。

 セスリエム(Sesriem)の手前30kmのところにある宿に着いた時には、陽が落ちていた。
 今日は567kmを走破した。 ほんとに疲れた・・・

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2005年5月14日(土)
ゴーストタウン

 朝9時に、ルードリッツ郊外にあるコールマンスコップ・ゴーストタウンに行く。
 個人での観光は許されていないので、ツアーに参加することになる。

 コールマンスコップは、1900年代初頭にダイヤモンド採掘の町として繁栄した町だが、今はゴーストタウンとなり、徐々に砂漠の砂に埋もれていっている。
 当時のコールマンスコップには、カジノやボーリング場などもあったというが、徐々に人口が減っていき、最終的には5家族だけが住んでいたようだ。
 飲料水はケープタウンから、畑用の砂はドイツから輸入していたと言う。

 家の中が砂で埋もれ、さらに砂で壊されていく。
 唯一立ち入り禁止の家は、屋根部分を残してほぼ砂に埋まっており、いつ倒壊するか分からないという。

 昼1時までコールマンスコップでウロチョロして、それからオース(Aus)の近くに生息している世界で唯一の野生砂漠馬を見に行く。
 野生と言っても、100年近く前は人間に飼育されていた馬だったのだが、野生に戻っていった馬らしい。
 わざわざ片道110kmも走って行ったのに、実際に着いてみると、なんだか遠くの方にチラホラと見えるのみ。
 ま、野生だから仕方がないけど。
 彼らは乾期は72時間に1回しか水を飲まないらしい。

 夜、宿のレストランで食事を取っていると、白人のナミビア人に話し掛けられた。
 彼は昔、空手やテコンドーをやっていたらしく、東洋人の俺を見て格闘技の話をしたかったらしい。
 彼はブルース・リーのファンで、カンフー映画を20本以上も観たと言っていた。
 話しながら、ウォッカをショットグラスで一気飲みする。

 店を変えて、彼に連れて行ってもらったバーでは、客が皆寄って来て、自分の名前を漢字に直してくれとお願いされる。 東洋人が珍しいのだろうか?
 ちなみにバーの客は全員白人だった。

 第1次世界大戦の時に、ドイツ領だったナミビアに南アフリカ軍が侵攻して以来、ナミビアはずっと南アフリカの信託統治下にあった。
 アパルトヘイト時代が終わるまで南アフリカ軍はナミビアに駐留していたから、ナミビアもアパルトヘイトがあったのだ。
 ケープタウンもそうだが、今も(今は経済的な理由だけど)レストランやバーの客は白人、ウェイター、ウェイトレスは黒人だ。
 ナミビアもゲストハウスのオーナーはまず白人だし、レストランに入っても白人だ。
 アフリカにいる気があまりしないのは、この性か。

 酒を飲み過ぎて、12時半にゲストハウスに帰って吐いた。

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2005年5月13日(金)
ダイヤモンドの町

 宿でガソリンを5リットルだけ入れてもらう。
 リッター5ナミビアドル(約90円)。 ガソリンスタンドよりかなり高いかな?と思っていたが、意外とそんなに高くない。

 曇り空の中、シーヘイム(Seeheim)を出発する。
 昨日は気が付かなかったが、シーヘイムって町というのか、集落というのか、家がたったの4軒しかない。
 地図上ではそこそこの規模の町みたいな感じを受けたけど・・・

 シーヘイムから、ルードリッツ(Luderitz)へはB4号線を走って行く。 今日は舗装道路で気持ちがいい。

 しっかし、相変わらず道路は真っ直ぐ地平線まで続いている。 最初の頃はちょっと感動したこの景色も、毎日一緒だとウンザリしてくる。

 シーヘイムからルードリッツへの道を走りながら見る景色はなかなか面白い。
 最初の頃は、荒涼した感じだったのが、次にサバンナになり、オース(Aus)を過ぎた頃には砂漠になる。

 ルードリッツの北は、ナミブ砂漠のある国立公園があり、南は立ち入り禁止の『ダイヤモンド・エリア1』が南アフリカ国境まで続いている。
 写真は、ルードリッツの町の手前10kmほどの道路沿いで撮ったもの。 線路が砂丘に埋もれていた。

 ダイヤモンドの町ということで、どんな町かと思っていたが、実際に来てみると非常に地味。
 別にこれといった特徴はなし。
 ただ、郊外には色々と立ち入り禁止区域があり、武装した警備員が巡回している。
 観光客向けに開放している所に行くにも、お金を出して許可証が必要だ。

 今日は340km走った。 一日中どんよりとした天気で、外は肌寒い。 明日からまた晴れてもらわないと。

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2005年5月12日(木)
Fish River Canyon

 朝7時半に起きる。
 宿のレストランが開いているのが、朝の営業時間は7時から8時半までなので、嫌々だが起きて朝食を取る。
 昨日ちょっとナミビアを走ってみて、食べれる時に食べる、入れられる時にガソリンを入れないと、いづれも死ぬかもと学習したのだ。

 朝食後、アイアイスを出てフィッシュリバー・キャニオン(Fish River Canyon)に向かう。
 相変わらず道路は未舗装だ。 窓を開けると、砂埃で車内が大変なことになるので、暑いが窓をを閉めっぱなしで走る。 これがまた辛い。

 アイアイスから1時間弱でホバス(Hobas)に到着。
 ここがフィッシュリバー・キャニオンの入り口になっている。
 ただ、宿泊施設はなく、キャンプ場のみ。 ホバスのゲートを潜ると、今までと違い道路が悪くなる。
 ナミビアに入って初めて4WDが必要と思った。
 入り口のインフォメーション・センターから約10kmのところにある展望台までも20km/h以下で走らないとパンクが怖い。

 30分以上掛けてようやく着いた展望台から見た景色は凄かった!!
 今回のナミビア旅行のハイライトの一つを飾るに十分な景色だ。
 アメリカのグランド・キャニオンに次いで、世界第二の規模といわれる峡谷のくせに、今まで知らなかったのは何でだろう? これは死ぬまでに一回は見ておくべき景色かも。

 ちなみに峡谷の中を5日間掛けて85kmを歩くトレッキングもある。
 フィッシュリバー・キャニオンからアイアイスまで歩くのだそうだ。 でも、これは疲れるから嫌だね。

 メインビューポイントと呼ばれる展望台の他にも、何カ所か展望台があり、行ってみようと挑戦したのだが、車が無理。
 とてもじゃないけど、トヨタのTAZZではキツイので、途中で諦めて引き返した。

 ホバス(Hobas)からC12号線をひたすら北上して、キートマンスフープ(Keetmanshoop)へ向かう。
 このC12号線も当然未舗装なのだが、今の時期は普通車でも走れるが、雨季の時期には4WDじゃないと無理だと思った。
 道路と川がクロスしている所が沢山あるのだ。
 今回は、1カ所だけ水が流れている川があったが、あれ以上水位が高かったらTAZZでは無理だった。

 ガソリンの残量が少なかったので、キートマンスフープの手前にあるシーヘイム(Seeheim)という場所で1泊することにした。

 明日はルードリッツ(Luderitz)に行こう。

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2005年5月11日(水)
ナミビア国境を越える

 朝10時にスプリングボックを出る。
 N7号線をさらに北上して、ナミビアとの国境Vioolsdrif(ヴィオールズドリフ)に向かう。
 スプリングボックから国境までは約125kmの距離だ。

 スプリングボックの町を出てから、景色が変わってきた。
 足元くらいの背丈の草しか生えていない荒涼とした土地が広がっている。
 途中、道路をミイラキャットみたいのが5〜6匹で横切った。 なんだアレ? 動物園でしか見たことないような生き物だった。

 南アフリカの出国は至って簡単。 「なんか持ち出し禁止の物持ってない?」って聞かれて、「持ってない」って言ったら簡単に通れた。 車のチェックも一切なし。 車の書類すらチェックされなかった。
 オレンジ・リバーを国境に、河を越えるとナミビア領になる。 ナミビア側の国境はNoordoewer。読み方は知らん。
 ナミビアの入国チェックもこれまた簡単。 初めて自分で運転して国境を越えたが、こんなに呆気ないとはね。
 しかも運転免許証のチェックもなく、国際免許を持っていないのにナミビアに入れた。

 南アフリカではN7号線だった道路が、ナミビアに入るとB4号線に変わる。
 道路は舗装されていて非常にキレイでドライブも快適そのもの。
 景色は南アフリカよりもさらに荒涼とした感じを受ける。
 「コンドルは飛んで行く」とか、「翼をください」みたいな曲を聴きたい気分。 聴かないけど。

 とにかく地平線まで続く道を走っていると、数十キロして道路標識があって、左に曲がるとAi-Ais(アイアイス)に行けることを告げている。
 地図を見ると、C10号線という道路がB4号線から繋がっていてアイアイスに行くメインロードだ。

 後で知ったのだが、今回曲がった道はC10号線ではなく、地図上では道路が点線で記載されているD316号線というマイナーロードだった。
 どうりで写真みたいな道路が延々と約80kmも続いていたわけだ。 とにかく何にもない。 携帯電話の電波も入らない。 車が故障したら、助けなし。
 ひたすら地平線まで続く砂道を、モウモウと砂埃をたてながらブッ飛ばす。
 でも、未舗装とはいいながらも、2輪駆動の普通車でも十分走れる。

 ナミビアも広い! 面積は日本の約2.2倍ありながら、人口はわずか183万人で札幌市とほぼ同じ。

 南アフリカ・スプリングボックから250km走って、ナミビア・アイアイスに到着。
 Ai-Ais(アイアイス)とはナマ語で“熱湯”を意味する。 そう!ナミビアで温泉!
 ここにはAi-Ais Hot Springs Resortという宿が1軒だけあり、キャンプ場をメインにコテージや、レストラン、コンビニ、テニスコート、小さいガソリンスタンドがある。
 外には温泉プール、建物の中には温泉ジャグジーがある。 この時期は宿泊客が非常に少なく、ジャグジーも貸切状態。
 ただ温度がもう少し熱い方がよかった。 源泉は60度あるのに、薄めてるのかな?

 夜、レストランで食事を取っていたら、停電。 その後も何回か停電した。 自家発電だから仕方ないか。 ロウソクは必需品だ。
 停電が直って電気が点くと、見たこともない昆虫がいっぱいいた。

 ここは、わざわざ来る所とは思わないが、何かのついでに寄るくらいだったら、来てみてもいいかも知れない。

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2005年5月10日(火)
ケープタウン→スプリングボック

 9時半ごろ起きて荷支度をする。
 いざ行くとなると、面倒臭くて行く気がしない。 南アフリカに来る時もそうだった・・・

 ウォーターフロントで水や食料を買った後、昼12時にケープタウンを出発する。
 N1号線を走って、Canal Walkの次の降り口からN7号線に入る。
 とにかくひた走ること5時間、ようやく西ケープ州を出て北ケープ州に入る。
 南アフリカはデカイ!!
 休憩は3回くらいで、走っている時は120〜180km/hのスピードなのに、ひとつの州を出るのに5時間も掛かった。
 しかもその間に大きい町はほとんどなく、ポツンポツンと小さな集落があるくらい。 途中で車が故障でもしたら・・・と思うとゾッとする。

 北ケープ州に入って1時間後に、Springbok(スプリングボック)という町に到着。 ここで今日は一泊する。
 今日はケープタウンを出て6時間、580kmを走った。
 こんなに遠いって知っていたら来なかったぜ・・・

 しかもスプリングボックからナミビアの首都ウィントフックまでの距離は950kmある。 ケープタウンからウィントフックまでの距離だと1,500km!

 そして今回、すごい事に気が付いた。
 ロバでアフリカ大陸一周は絶対無理。 死ぬ。
 仮にロバが休みなしで時速3kmで歩いてくれたとして、ケープタウンからスプリングボックまで8日間掛かる。
 さらに、今回エアコンなしの車をレンタルしたことを後悔しているのに、エアコンも付いていないロバでは絶対に暑さで死ぬ。
 ロバじゃなくて、リムジンがいい。

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2005年5月9日(月)
サンドラのお別れ会

 今日はがんばって荷物の整理。
 でも3時ごろに、ヘルガから電話が掛かってきて、一人で飯を食うのは嫌だから来てと言われ、“Noと言えない日本人”。
 行ったら行ったで、英語での仕事でナーバスになっている彼女に、「私の英語をどう思う?」と言われ、返事に困る。
 自分を例に出して説明したら、ようやく納得したようだった。 自分では1番に英単語のボキャブラリーを増やす、2番に文法だと思っている。
 発音はこの年齢でもう直すのは無理。 英単語を知っていれば、文法がめちゃくちゃでも単語を並べれば通じる。
 こんな説明をしながらも、早く帰りたかった俺。

 夜8時にCSBで待ち合わせをして、サンドラ、ヘルガ、フランク、筋肉バカとその他ブラジル人たちと『0932』の2階にあるバー『Monk』に行く。
 明日が本番のお別れ会なのだが、俺がナミビアに行っていないので今日は仲間内で飲み会。

 深夜まで飲んで、帰りにフランクをシティの彼のフラットに送るが、途中でセキュリティーに捕まる。
 南アって、警察だけじゃなくて警備会社も検問出来るんだね。
 なんだか色々聞かれたけど、「I can't speak English」で通す。 タイで警察に捕まった時に使った業は南アフリカでも有効だった。
 ま、基本的に飲酒運転なんだけどね。 アジア人顔の外人特権だな!
 捕まった理由というのが、無灯火で走っていたからなんだけどね・・・ 色々質問されて、適当に答えていたら解放された。
 警備員がバカで良かった。 ちょっと頭を使えば、南アフリカのLearner's Licenceを持っている=英語のテストに受かった=英語がある程度理解出来る、って分かるもんだけどね。

今日の出費
クリーニング−57.00ランド
外食費−30.00ランド
携帯電話通話料−110.00ランド
飲み代−44.00ランド
合計: 241.00ランド(約4,340円)