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南アフリカ・ケープタウン留学日記

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2005年3月13日(日)
ベトナム

 午後1時、ウォルフラムが訪ねてきた性で無理やり起こされる。
 とりあえず部屋に入れて、マイケル・ムーアの『The Awful Truth II』を見る。
 寝ぼけながらタバコに火を付けたら、火が強過ぎて前髪が燃えた・・・ お、俺の前髪がパラパラ落ちてくる。
 いっぺんに目が覚めた。

 部屋でダラダラしていると、ヘルガから電話が掛かってきた。
 一緒にご飯を作って食べようということになり、近くのスーパーで食材を買ってウォルフラムの泊まっているホステルのキッチンでスパゲティを作る。
 ソースはクリーミー・マッシュルーム・ソース。
 ウォルフラムって結構料理上手い。

 食後、ホステルでダラダラとビールを飲みながら、トランプでバーバリアン・ゲームをして過ごす。
 7時過ぎ、ヘルガが「酢豚に挑戦する」と言い出して、俺の部屋に移動して料理することになる。
 再びスーパーで少し食材を買い足して料理開始。
 ただ、完成した料理は酢豚にはほど遠い新しい創作料理だった・・・食べれないことはないけど、んー。

 食事を取りながら、大事なことを忘れていたことに気付く。
 今日はベトナム人のホームステイ先でパーティーがあって、招待されていたことを忘れていた!
 急いでタクシーで彼らの家に向かう。 着いたのは10時過ぎ。
 それから深夜1時半まで飲む。
 写真はベトナム人。 未だに名前を覚えれない。
 飲み過ぎて、本当にしんどい・・・

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2005年3月12日(土)
日本食

 午後2時ごろ起きる。
 部屋でボーっと過ごしていると、夕方アキから電話があって一緒に飯を作って食べることにする。

 家の近くのPick n' Payで食材を買って、俺の部屋で日本食を作る。
 日本米を鍋で炊いて、醤油で味付けした野菜炒めと、肉じゃがを作る。
 と言っても、俺が作ったわけじゃないけどね。
 ご飯が上手く炊けなかったのが不満。

 夜、ウォルフラムとメインロードのバー『Cosmopolitan』に飲みに行く。
 ヘルガはすでにベロベロで、俺らとは一緒に飲みに行かず、部屋に帰って行った。

 深夜1時半過ぎに帰ってくる。あんまり飲んでないけど、かなり酔った。

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2005年3月11日(金)
お別れ会

 今日はべネディックの最終日。
 明日の昼の便で彼はドイツに帰る。 そんなわけで今夜、彼のお別れパーティーをアフリカ料理レストラン『ママ・アフリカ』ですることになった。
 ところがこのレストランは有名なため、予約で埋まっているらしく、席が取れたのは夜10時から・・・

 仕方がないので、8時に学校前でべネディック、ヘルガ、ウォルフラム(よやく覚えた!)、フランクと待ち合わせをして、News Cafeで飲んでから行くことにする。


 『ママ・アフリカ』で食事を取る頃には皆酔っ払っていて、俺らのテーブルの前に立って視界を妨げている白人の女にモノを投げて、「Arschloch」(ドイツ語)呼ばわりする始末。
 『ママ・アフリカ』では毎晩南アフリカの音楽がライブで行われていて、料理もワニやダチョウなどワイルド系。
 値段はそこそこ高いが、味は結構いける。

 食後、Long Streetでブラブラしていたら、ばったりオリバーやサンドラ、アイコたちのグループに遭遇。
 今日はフェスティバルがあるようで、Long Streetはホコ天になって、ものすごい数の人たちだ。
 路上には色々なブースが即席で作られて、トランスやロックのライブをしている。
 通りのクラブやバーはどこもいっぱいだ。
 ケープタウンでこんなにいっぱいの人を見たのは、はじめてかも。

 深夜2時か3時くらいまで飲んで帰ってくる。
 今日はカメラを忘れたので、関係のない写真。

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2005年3月10日(木)
ふたたび寝坊

 一人暮らしになってからダメだな・・・
 朝、面倒くさくなって起きなくなった。
 そんなわけで、今日は昼から夕方までプレステをして過ごす。 なんか何もかも面倒くさい。
 夜も、中華レストランで買ったサテーと焼き飯を部屋で食べる。

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2005年3月9日(水)
自動車学校

 今日はちゃんと起きた。
 最近は、未来形と“if”と“when”の違いとか勉強している。

 午後2時から、自動車のレッスン。
 今日は学校からCamps Bay、テーブルマウンテンを回るコースを走った。
 だいぶK53 Wayに慣れてきたけど、まだ自信がない。
 信号で止まったら、まずハンドブレーキを引いて、ギアをニュートラルに入れて、クラッチから足を離す。
 スタートの時は、ギアをファーストに入れて、半クラッチにしてから、左の死角、サイドミラー、ルームミラー、サイドミラー、右の死角を確認した後、ハンドブレーキを戻す。
 この順番がイマイチ覚えてない・・・
 しかも信号が青になってからこの手順を踏むわけだから、当然スタートが遅くなり後ろの車が詰まる。
 ブーブーとクラクションを鳴らされて、ムッとするも今は我慢。

 夜、ヘルガとドイツ人の野郎と3人でステーキを食べに行く。
 昨日も一緒に飲んだけど、未だに名前が覚えられない。

 食後、俺の部屋で日本酒、ビールを飲む。
 2つ目のドイツ語を覚えた。『サオコップ』。 バカとかアホみたいな意味で、直訳すると『豚の脳みそ』。
 『シャイツェ』と『サオコップ』でドイツ人の友達何人出来るかな? 明日学校のドイツ人で試してみよっと。

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2005年3月8日(火)
寝坊

 思いっきり寝坊した。 起きたら午後2時。
 あれ?もう学校終わってるじゃん。 初の寝坊休み。

 とりあえず学校に行って、昨日ジェニーに借りたお金を返して、歩いてTraffic Dept.に行く。
 実技試験の予約をしたかったのだが、あいにくInspectorは帰った後・・・

 帰りに乗ったミニバスの車掌とドライバーが片言の日本語で話し掛けてきた。
 日本のマグロ漁船に乗っていたことがあるらしく、ある程度の会話は出来るくらい話せる。
 でも、なぜか「大将!」を連呼していた。うざい・・・

 家に帰って、『サムライウエスタン・活劇侍道』を夜までやる。
 夜、Waterfrontに行ってヘルガと他のドイツ人2人と飲む。 飲んで食べて飲む。
 最後、歩いて家まで帰ってきた。

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2005年3月7日(月)
日本食材

 また今日から新しい生徒が来た。 またまたドイツ人の女の子で確か名前はペトレ。
 ヘルガは今日からプライベート授業に移るので、クラスからはいなくなった。

 午後、自動車学校『He & She Driver Training Centre』の教官と実習授業を受ける。
 授業料は1時間90ランド(約1,620円)。
 授業受けて思ったけど、実技試験は落ちるかも・・・
 とにかく面倒くさいルールがやたらあって、無理。
 しかも俺の場合、すでに免許を取って7年近いわけだから、それなりの癖があって南アのやり方が出来ない。
 K53 way意味不明!!
 5秒毎にミラーとスピードメーターを見れるかっつうの。
 いちいち止まる度にハンドブレーキを引くかっつうの。

 しかもハンドブレーキをそのまま引いたら、「減点!」って言われた・・・
 ハンドブレーキの先っぽに付いてるボタンを押しながら、引かないとダメなんだって。

 ハンドルから意味もないのに手を離したら、即失格らしいんだけど、俺は癖で運転中に左手をギアの上に置いちゃう・・・
 南アの免許試験はやたら細かいことにこだわるくせに、一般のドライバーがタイなみに運転が荒いのはナゼ?

 夕方からヘルガと一緒にN1(高速道路名)沿いにあるアジア食材店に行く。
 今夜、彼女の友達がドイツから来るので、迎えに行くためにレンタカーを借りたらしく、ついでに遠出してもらう。
 N1 City内にある、『N1 Chinese Supermarket』がケープタウン周辺で一番日本食材が安いと、学校の近くの日本食レストラン『弁慶』の親父さんに教えてもらったのだ。

 しょぼい店内にはそれなりに中華、日本、タイのアジア食材が置いてあるも、タイに住んでいた俺からすればイマイチだけど。 とりあえず適当に買っておく。
 インスタント味噌汁パックを買おうか迷ったが、3パックで20ランド(約360円)もするので止めた。
 味噌汁如きにそんな金は出せねえ。
 買ったのは、白鶴一升瓶155ランド(約2,790円)、出前一丁インスタントらーめん1個4ランド(約72円)を12個、エバラ焼肉のタレ30ランド(約540円)、焼き海苔10枚入り16ランド(約288円)を2袋、そして日本米2キロ16ランド(約288円)など。
 その他に割り箸やお茶碗も買った。 シャープの炊飯器は680ランド(約12,240円)もするから止めた。

 夜、出前一丁を食って、プレステ2の『サムライウエスタン・活劇侍道』をする。
 ようやくアフリカっぽい生活になってきた。